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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)1234号 判決 1971年5月14日

控訴人(被告)

株式会社杉治商会

被控訴人(原告)

神谷敏子

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金一二四万五、六三二円および内金一一六万七、六五〇円については昭和四三年一月三〇日以降、内金四万〇、八〇三円については同年一二月一七日以降、内金三万七、一七九円については同四四年二月一八日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人勝訴部分を除き、その他を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、左に付加訂正するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の訂正)

1  原判決二枚目裏三行目「自動車損害賠償法」とあるを、「自動車損害賠償保障法(以下自賠法と略称する)」と改める。

2  同三枚目裏一一行目「治癒」とあるを、「治療」と改める。

(控訴代理人の主張)

原判決添付別紙一覧表記載の病院自宅家政婦費用として控訴会社が被控訴人に支払つた合計金二九万五、〇六〇円は、本件交通事故と相当な因果関係を有する損害ではなく、慰藉料に充当されるべきである。

病院の家政婦に支払つた費用は、担当医師がその診断書において「要付添」の診断をなした場合、始めて事故と相当な因果関係が認められる損害となる。これは軽症者で、入院者が自分の身のまわりの世話が出来る場合病院の家政婦が必要とならないのは当然だからである。本件の場合、被控訴人は聖隷浜松病院、半田市立病院、静岡労災病院と入院したが、いずれも担当医師より「要付添」の診断を得ていないのであり、したがつて病院の家政婦に対する支払いは、本件事故とは相当因果関係はない。

自宅の家政婦に関する支出も、被控訴人が入院した期間で、しかも被控訴人の家庭環境から、止むを得ない場合に限り損害と認められるのであり、本件の場合それらの立証がなされていない以上、右金員も当然慰藉料に充当すべき金員である。

(証拠関係)〔略〕

理由

被控訴人が、昭和四一年八月二五日午後七時一五分頃、浜松市城北一丁目一六番五号先道路を横断歩行中、控訴会社の被用者である訴外加藤欽一(以下加害者という)が運転する控訴会社所有の普通乗用自動車(以下加害車という)に衝突されたこと、右事故に関し控訴会社が被控訴人に対し金七九万一、三四六円(その内訳は原判決添付別紙一覧表記載のとおり)を支払つたことは当事者間争いがない。

一、本件事故発生原因について

〔証拠略〕を総合すると次の事実が認められる。

本件衝突事故発生地点は、東西に走る幅員一一・二メートルの道路と略々南北に走る幅員九メートルから七メートルの道路とが十字に交差する交通整理の行われていない交差点の東側横断歩道上のセンターラインより北側(左側)部分であつて、右横断歩道にはそれを示す鋲が設けてあるほか、横断歩道の道路北端には夜光の横断歩道標識も設置され、その附近は市街地で、事故発生時刻頃は人家、商店の灯りで比較的明るい場所であつた。被控訴人は、右横断歩道を南(右)より北(左)に横断すべく歩行していたもので、加害者は、加害車を運転して時速約三五キロメートルから四〇キロメートルの速度で西より東へ向つて走行し、右横断歩道にさしかかつたが、対向車のライトに気を奪われて、右横断歩道があることに気付かず、横断歩道上を歩行していた被控訴人を発見したのは、その手前約四・一メートルの至近距離であつたため、急停車の処置をとつたが間にあわず、自車の左前部を被控訴人に衝突せしめ、その場に顛倒せしめたものであつた。

以上の事実によれば、加害者に前方を注視し、ことに横断歩道の状況に留意し、横断者の有無を確認して事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務を怠つた過失あるものといわなければならない。控訴会社は、被控訴人には接近する加害車の直前を横断しようとした重大な過失があると主張するが、加害者において、歩行者が横断歩道により道路の左側部分を横断し、又は横断しようとしているときは、当該横断歩道の直前で停止する義務を有するものであるから(道路交通法第三八条第一項)、被控訴人には過失はない。

二、本件事故による被控訴人の蒙つた損害について

〔証拠略〕を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  被控訴人は、本件事故により、受傷の日(昭和四一年八月二五日)から昭和四一年九月一三日まで聖隷浜松病院に頭部外傷後遺症、腰部両肘及び膝関節打撲症の病名で入院治療をうけ、退院後も翌四二年一月六日まで同院に通院治療をうけた。その後市立半田病院へ転医し、同年一月一九日から同年三月一日まで同院に頭部外傷後遺症の病名で入院治療をうけ、退院後も同年四月二九日まで同院へ通院治療をうけた。さらに同年五月二三日以降は静岡労災病院へ転医し、同院で頭部外傷第三型、大後頭三叉神経症候群の病名で治療をうけ、現在に至つている。しかし、今なお、頭痛、四肢のシビレ感、目まいがあり今後相当期間の加療が必要とされている。しかして被控訴人方の家族構成は、東孝設備有限会社に勤める夫と小学校六年生の女子、小学校四年生の男子(いずれも事故当時)の四人家族で、被控訴人は現在は炊事、洗濯、掃除等の日常家事に従事してはいるというものの、前述の後遺症のため、短時間の作業にしか耐えられず、事故前は家事のあい間に夫の仕事を手伝つて、東孝設備有限会社の経理帳簿の記帳等をしていたが(但し無報酬)、事故後はこのような注意力を集中しなければならない仕事はできなくなつてしまつた。そして前述した治療その他本件事故に関して支出を余儀なくされた費用の総額は、控訴会社が支払つた金五九万一、三四六円(控訴会社は、右金員のほか、休業補償として金二〇万円を支払つているが、これは後記の理由により慰藉料に充当すべきものと判断する。)のほか、入院室代として金一万七、〇〇〇円、治療費として金一三万〇、七二二円、交通費として金二万四、二四〇円をあわせて金七六万三、三〇八円となる。以上のことが認められる。

2  次に、前記傷害の部位、程度、入院、通院の治療期間、後遺症の内容、被控訴人の家庭の状況等諸般の事情を参酌すれば、被控訴人が本件事故によつて蒙つた精神的苦痛は、これを慰藉するに少くとも金一三〇万円を要するものと認められる。

三、控訴会社の賠償額について

以上により、被控訴人が本件事故により蒙つた損害は、前記1、2の合計金二〇六万三、三〇八円となり、控訴会社はこれを賠償すべき責任を有するものであるが、そのうち金七九万一、三四六円は支払ずみであること冒頭記述のとおりであるから、これを控除すると控訴会社の賠償責任額は金一二七万一、九六二円となる。

なお、附言するに、控訴会社が休業補償として支払つた金二〇万円は慰藉料に充当すべきものと考える。その理由は、前段認定のように、被控訴人は家事のあい間に夫の勤務先である東孝設備有限会社の経理事務を手伝つていたに止まり、独立した収入をえていたものとは認められないからである。

控訴会社は、病院および自宅の家政婦費用として支払つた計金二三万六、〇六〇円は、本件事故と相当困果関係がないから、これも慰藉料に充当すべきであると主張するが、前段認定のように本件事故による被控訴人の入院中および通院中における被控訴人の健康状態および家庭の状況に鑑みるときは、右費用をもつて本件事故と相当困果関係なきものとは認められない。右認定を覆すに足る証拠はない。

四、結語

上述したところにより、被控訴人は控訴会社に対し金一二七万一、九六二円の損害賠償請求権を有するものであるが、右金員のうち本件訴状で請求した金員は、金一一六万七、六五〇円、昭和四三年一二月一六日付準備書面で請求した金員は金四万〇、八〇三円、昭和四四年二月一七日付準備書面で請求した金員は金三万七、一七九円であつて、これらの訴状、準備書面が控訴会社に送達された日は、それぞれ昭和四三年一月三〇日、同年一二月一六日、同四四年二月一七日であることは本件記録上明らかである。そうすればこれらの金員について、右各訴状、準備書面が控訴会社に送達された各翌日から年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める被控訴人の請求部分は正当として認容すべきであるが、その余の部分は失当として棄却すべきである。

さすれば、本判決は原判決と判断を異にし、請求総額においては被控訴人に有利に認定したわけであるが、被控訴人は原判決に不服を申立ててないので、これを変更しないが、遅延損害金の起算日につき総額に対し訴状送達の翌日たる昭和四三年一月三〇日とした原判決は不当であるので、この点において原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条但書、を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鰍沢健三 土肥原光圀 仁分百合人)

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